BS-Hi ハイビジョン特集 シリーズ ビザンチン帝国

広いヨーロッパの歴史は宗教と武力闘争の歴史だ。
宗教の役割がとても大きいところが日本とは違うかな。
(日本は宗教がメインにはならないよね)
「王国の成立と滅亡の歴史」として学校で習った「世界史」が
宗教の覇権争いという観点から見るとまた違った世界に見えてくる。


恥ずかしい話だけど、例えば「カールの戴冠」を授業で習ったときにはさほどの
感慨も何もなかった。ただ単純に「フランク王国西ローマ帝国の誕生、
カロリング朝」などというキーワードの一つとして覚えただけだ。
子供の頃から歴史の年号は覚えられなくてもそこにまつわるエピソードは大好き
だった。表面的な出来事の羅列だけではなくなぜそうなったかやそのときに
どんな影響があったのかを幅広く見ることができていたら、もっと歴史が
好きだったかもしれない。
学校の授業にそれを求めるのは無理かもしれないですけどね、時間的に。


異なる思想、異なる宗教、異なる民族が対立せずに共存するには、どうしても
幾多の戦いを経験することが必要だったのだろう。長い年月、多くの命が失われて
やっと一部の世界では互いを尊重して共存することが出来始めている。
でもそれはまだほんの極わずかでしかなくて、武力が均衡しているが故の
一時的な和平(休戦状態)でしかなかったり、今まさに戦争していたりもするわけで。
そう思うと遠くの地の昔の話をのんびりテレビで見ることが出来ている自分は
特殊な環境にいるのだなということがわかって、ちょっといたたまれなかったりもする。


(日本を含む)世界の歴史を見たり読んだりする度に、最終的に自分に還ってきて
きまりが悪くなる。なんていうか、自分はのほほんと生きているけどそれでいいのか、とか
そういう感じ。志のある人ならそこでボランティア活動なんかに励むのだろうけど
自己満足のためにするのは間違っている気がしてしまう。でも「やらない善より
やる偽善」も尤もだとも思う。ぐるぐる考えてしまって、それだけで消耗する。
外界との接触を絶って厳しい禁欲生活をする修道士の生き方は尊敬するけれど、
そして憧れるけれど、俗世界に浸りきっている自分には無理だとわかっている。
自分に引き寄せないで切り離して考える訓練をしないと、落ち込み癖が治らないな。