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イチロー偉業 米はどう報じた
なかなか興味深く、面白い記事だった。

ファンは、「実績としての価値」(日米通算4000安打)と「記録としての価値」(MLBで2722安打)とをきちんと分けて考えているように感じました。「実績」には心から敬意を払いつつ、「記録」は記録として管理のルールに則って評価すれば良いという考えです。

つまり、4000本安打というのは素晴らしい実績であると称えるが、日米それぞれでの記録を
通算することにはあまり価値を見出さないということ。
確かに年間試合数も違うし合算したものを「世界記録」的な扱いをするのは違うだろう。
だからといって4000本安打の価値は全く損なわれないということ。
冷静な判断だと思う。

イチロー選手の4000本安打は米国でどう報じられたか?
鈴木 友也 | スポーツマーケティングコンサルタント
2013年8月29日 13時7分
ヤンキースイチロー選手が8月21日のトロント・ブルージェイズ戦で日米通算4000本安打を達成しました。このニュースは、日本ではもはや知らない人はいないでしょう。
私はNYに住んでいるので、日本でこのニュースがどの程度のセンセーションをもって報じられたのかは分かりません。逆に、米国在住者として、アメリカでこのニュースがどのように報じられ、受け止められたのかについて、私が感じた「肌感覚」をお伝えしようと思います。
なお、今回ここで書く内容は、私の私見以上の何物でもないことを予めお断りしておきます。また、日米通算4000本安打が「記録」としてどう扱われようが、日本とアメリカという世界の二大野球大国のトップレベルで4000本ものヒットを打ったというのは、歴史的な偉業であり、イチロー選手がプロ野球選手として比類なき選手であることに微塵の疑問を差し挟むものではないことを強調しておきます。
意外に冷静(好意的)で、淡々としていた報道
米国のメディア報道を目にして私が感じた印象ですが、結論から先に言うと「意外に冷静(好意的)に、かつ淡々と報じられていた」と感じました。
「冷静(好意的)に」というのは、「日本の安打数をMLBの公式記録として認識すべきか?」といった点が大きな論点として報じられることも、議論されることもあまりなかったように思います。これは、別にMLBファンが日本のプロ野球を格下に見ているというわけではなく、「違う野球組織の記録なのだから、分けて管理するのは当たり前」(合わせて管理するのはおかしい)というコンセンサスが取れていたように思います。
ファンは、「実績としての価値」(日米通算4000安打)と「記録としての価値」(MLBで2722安打)とをきちんと分けて考えているように感じました。「実績」には心から敬意を払いつつ、「記録」は記録として管理のルールに則って評価すれば良いという考えです。
また、「淡々と」というのは、例えばイチロー選手が2004年にジョージ・シスラー選手の持つMLBの年間最多安打記録(257本)を84年ぶりに塗り替え、262本安打を記録した時のように、米球界を挙げて記録を称えるという雰囲気は、今回の通算4000本安打の記録達成時にはありませんでした。
最多安打を更新した際、MLB機構は米国唯一の全国紙「USA Today」に記録達成を祝福する全面広告を掲載し、翌年、MLBコミッショナーが特別表彰までしています。今回はそのような動きはありません。
日米通算4000本安打の記録達成を最も大きく祝福していたのは、他でもないヤンキースですが、これは「実績」を称えたものであって、「4000本安打をMLB記録として認めよう」といった提言活動ではもちろんありません。ジーター選手が「4000本安打はリトルリーグの記録であってもすごい」と言っているように、一野球選手の卓越した技に対して純粋に敬意を示しているのです。
球団は、あらゆる機会を捉えてファンの顧客満足度を高め、収益性を高める努力を惜しまない存在です。もちろん、その根底には「野球への愛や敬意」があるのは間違いない(金儲けのためだけに祝福ムードを作っているわけでは決してない)ですが、球団のファンサービスとして当たり前のことをやっただけでしょう。
冷静な報道の裏にある3つの背景
米国で比較的冷静・好意的に淡々とイチロー選手の記録達成が報じられていた背景として、3つのポイントが指摘できると思います。
第1に指摘できるのは、繰り返しになりますが、「実績」と「記録」を分けて考え、MLB記録とNPB記録は別物とするコンセンサスがメディアやファンの中で概ね成立していた点です。MLBでの2722安打は、凄い記録には違いありませんが、MLBでは歴代59位に過ぎません。
米球界や米メディアは、日米通算4000本安打という「実績」は偉業として称える一方で、それを「記録」として取り立てて大きく報じることはなかったのです。
第2に、アメリカ人はトップに立たないと評価・議論の対象にしない傾向が強いことが挙げられます。先に述べたように、2722安打はMLB歴代59位の記録です。この数字だけでは、残念ながら「記録」としての議論の対象にならないのです。
実際、年間最多安打の記録を更新した2004年には、祝福の声と共に、「内野安打が多く、クリーンヒットが少ない」とか「シスラーの記録は154試合制の時の物だから(現在は162試合制)、同列に扱うべきでない」といった批判も巻き起こりました。こうした批判は、半ば負け惜しみと表裏一体のもので、トップに立ったからこそ沸き起こるものです。
第3に、米球界の薬物汚染が泥沼化している点も背景として指摘できるでしょう。MLBでは、1994-95年に起こったストライキは「百万長者と億万長者の喧嘩」と揶揄され、シーズン再開後の観客動員数は2割以上も落ち込みました。それを救ったのが、マーク・マグワイヤやサミー・ソーサのホームランの競演でした。
そして、マグワイヤがベーブ・ルースロジャー・マリス本塁打記録を塗り替えて打ち立てた本塁打記録は、バリー・ボンズにあっさりと更新されました。ファンは、ピンポン玉のように打球をスタンドに放り込む彼らの鋼のような肉体に驚嘆したものですが、やがてそれが薬物により作られたものであるという疑惑が沸きます。
しかし、こうしたいわくつきの記録も、アレックス・ロドリゲスが記録を更新してくれれば、ファンとしては溜飲を下げることができるだろうと期待していました。しかし、このコラムでも再三お伝えしているように、最近そのA・ロッドもどうやら“同じ穴のムジナ”だったことが分かってきました。
MLBファンとしては、薬物汚染の話はもういい加減にして欲しいという気持ちでいっぱいです。そこにイチロー選手の4000本安打の話が出てきたわけです。サイボーグの野球はこりごりだと思っていたファンにとって、イチロー選手の記録は忘れかけていた人間の野球を思い出させるものだったのかもしれません。
米球界では“消されている”ローズ氏
最後に、イチロー選手の日米通算4000本安打の報道に際して、MLB最多安打記録保持者(4256安打)のピート・ローズ氏の言動がメディアを賑わしていました。ご存知のように、ローズ氏は監督だった1989年に野球賭博に関与したことが発覚し、永久追放処分を受けています。
このローズ氏、残念ですがMLBではほとんど存在を「消された」選手なのです。球界の表舞台に立てないのはもちろんのこと、殿堂入りの資格も剥奪され、MLB公式グッズからその存在が削除されています。
永久追放処分を受けた時はまだ47歳だったローズ氏も、今や72歳です。度々、処分の取り消しを求めて働きかけるも、歴代のMLBコミッショナーがこれを認めることはありませんでした。そして、かろうじてその存在が残っていた野球カードからも、今シーズン無情にもその名前が消されてしまいました。
昨年までは、野球カードの裏の「Career Chase」(記録を狙え)のところに、小さな文字で「ピート・ローズ選手の最多安打記録4256本まであと○本」という記載があったのですが、今年から名前だけ削除されてしまいました。
ローズ氏にとって、イチロー選手の記録達成で自分の名前が出ることは、米球界から完全に無視され続けてきた鬱憤を晴らし、世間に再度自分の存在をアピールする格好の機会になったのかもしれません。