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内村「1人1人紹介してもいいですか?」体操団体金メダル、“最強の5人”。


-アテネでの「栄光の架け橋」から12年、リオの地で男子体操団体の5人はそれぞれの責務を全うしてヒーローとなった。


内村「1人1人紹介してもいいですか?」体操団体金メダル、“最強の5人”。
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posted2016/08/09 16:00
text by矢内由美子Yumiko Yanai
 リオデジャネイロ歓喜の輪ができた。内村航平が、白井健三が、加藤凌平が、田中佑典が、山室光史が、コーチ陣も巻き込んで飛び跳ねながら回った。
「オリンピックの金だよな?」「俺たち、金メダルだよな?」
 互いに確認しあうように訊き合った。
 5人が心を合わせ、いや、日本の体操界が心を一つにして目指してきた五輪での団体金メダル。アテネ五輪以来12年ぶりの喜びを、もっともっと強く噛みしめたいと、選手たちはジャンプをし続けた。
内村「個人で一回獲りましたけど、全然違う」
「北京、ロンドンとメダルを獲ってきて、今回が一番重い。個人で一回獲りましたけど、全然違う。仲間と獲った金メダルはうれしいを超えちゃっていますね」
 キャプテンの内村が感無量の面持ちを浮かべる。
 ロンドン五輪に続いて決勝で6種目を任されたエースは、「表彰式では声が裏返るくらい歌おうとみんなで言って、国歌を歌った。大きな声で歌えて良かったです」と胸を張った。
 ただ1人、五輪初出場の白井は「人生で一番心臓に悪い日だったといっても過言ではないんですけど、間違いなく一番幸せな日だと思います。ちゃっかり金メダルを獲っちゃいました」と茶目っ気たっぷりに言った。
 予選の平行棒で落下のミスが出て「チームに迷惑をかけた」とうなだれていた田中は「みなさん、僕が一番心配だったでしょう。出し切りました。いろいろな人の思いが詰まった金メダルです。お待たせしました」とうれし泣きの泣き笑い顔だ。
 そして、金メダルが確定したときに涙を流していたのは、4年前のロンドン五輪で決勝の演技中に骨折し、そこから這い上がってきた山室。
「佑典の鉄棒が終わったころから2人で泣きそうになっていた。4年間頑張ってきて良かった。あきらめずに必死に頑張ってきた。それは無駄ではなかった」としみじみと言った。
 内村の次に多い5種目を任された加藤は「歴史を作れたのかな。今までの思いが込み上げてきて、幸せだなと思いました」と普段通りの抑えた口調だった。それぞれが自分らしく金メダルの喜びを噛みしめていた。
あん馬、つり輪で我慢もライバルがまさかの低得点。
「五輪には魔物がいた」
 内村が力なくつぶやいたロンドン五輪から4年。美しい体操で世界を制することを目指して日々の努力を重ねてきた体操ニッポンがリオで見せたのは、美しさだけではなかった。逆境を撥ねのけるたくましさがあった。
 予選4位と出遅れた日本の決勝での最初の種目は、スペシャリストでも「最初にやるのはイヤ」というくらい緊張する種目であるうえに、今回のメンバー構成では日本の弱点であるあん馬だった。
 だが、日本は2番手の山室が落下して13.900にとどまったものの、1番手の内村が15.100、3番手の加藤が14.933といずれも予選を上回る点を出して山室のミスをカバーし、8チーム中6位でスタートした。
 2種目めも苦手のつり輪だったが、どうにか踏ん張った。1番手の田中が、自らの名のついた「タナカ」を美しく決めて審判にアピールすると、内村も安定した演技で追随。この種目を得意とする山室は、力技でこらえ抜いて予選より点を上げた。日本は我慢を強いられる2種目を終えて5位。だが、周りを見回せば、予選1位の中国と予選2位の米国はゆかでミスをして日本より下にいた。
跳馬で白井、平行棒で田中が勢いを加速させた。
 逆風が追い風に変わり始めたのは、3種目めの跳馬だ。1番手の加藤が「ロペス」をうまくまとめて15.000を出すと、続く内村も大技の「リ・シャオペン」を力強く成功させて15.566の高得点。
 そして、その流れを一気に加速したのが、この種目から登場した白井健三だ。「シライ・キムヒフン」をEスコア9.633という素晴しい出来映えで成功させ、15.633。日本はこれで2位に浮上した。
 良い流れを続けたいとのムードの中、4種目めの平行棒では、予選で落下してしまった田中に注目が集まった。田中は、どこか開き直ったような面持ちで1番手に登場。コナミの盟友・山室の名のついたG難度の「ヤマムロ」を美しく成功させ、15.900の高得点を出した。加藤と内村も15点台をそろえた。
団体の“鬼門”鉄棒、そしてゆかで完璧な演技。
 5種目めの鉄棒は今回も予選で内村が落下するなど、団体戦ではいつも“鬼門”となっていた種目だ。
 しかし、この日の日本は強かった。加藤と内村が安定感のある好演技を見せると、3番手として出て来た田中も美しい倒立などで魅せてここでも3人が15点台。日本はとうとうロシアを抜いて首位に躍り出た。
 そして最後は得意のゆか。1番手の白井が、予選で出た課題を完璧に修正して16.133の高得点をマークすると、2番手の加藤が無難につなぎ、最後は内村だ。
 渾身の力を振り絞ってノーミスの演技をした内村は、最後の3回ひねりをピタリと止めると両手でガッツポーズ。内村の得点は15.600、合計274.094の高得点で全種目を終え、ロシアや中国の最終種目を待つことになった。
 すると、日本の高得点がプレッシャーになったのか、ロシアも中国も、そして米国もミスで自滅。終わってみれば2位のロシアに3点近い大差を付けての圧勝で、日本は金メダルに輝いた。結果論とはいえ、ゆかを得意とする白井、内村、加藤の3人をそろえた日本が、最後の種目がゆかという予選順位になったことは運命的だった。
表彰式後に内村が「1人1人紹介しても良いですか?」
 各国の記者が集まった表彰式後の会見。「五輪で団体金メダルを取ることによって、選手の名前が全国に一気に広がっていって、それが体操の普及になると思っているんです」と言った内村は、「1人1人を紹介しても良いですか?」と言い、自慢の仲間をうれしそうに見渡した。
加藤凌平は今回見ての通り、ぶれないメンタルの持ち主で、絶対に失敗しない選手です。絶対に」
「健三はむやみやたらにひねりまくるミスターツイスト、その名の通りです」
田中佑典は、この中で一番美しい演技、一番正確な技さばきをする選手」
「山室はムードメーカー。昨年のグラスゴー世界選手権では、補欠で違う角度から見てくれて、そこで僕もすごく助けられた。さらっとひと言で僕を支えてくれる選手です」
アテネは超えられないけど、新しい歴史を作れた」
 メンバー5人はリオでの自分達のテーマを「アテネ超え」としていた。そして、見事に金メダルを獲得し、メダルの色ではアテネに並んだ。
 けれども、内村は「やっぱりアテネは超えられない」と言い、さらに言葉を継いだ。
アテネは超えられないけれど、僕たちは新しい歴史を作れて、2020年東京五輪につながる大会にすることができたと思う。2020年の団体決勝で戦う選手達には今回の結果はすごくプレッシャーになると思うけど、それを撥ねのけられるメンバーが日本にはたくさんいると思う。僕たちのがむしゃらな試合を見て、どんどん吸収していってほしい」
 未来へつながる金メダルを日本にもたらしたという誇りにあふれていた。