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「彼は世界で一番クールな人物」内村航平に憧れた銀、銅メダリスト。


-銅メダルのウィットロック(左)と銀メダルのベルニヤエフ。内村は、4年後の東京五輪に関して「東京では31歳。まずはどうやったら代表に入れるかを、ゆっくり考えたい」とコメント。


「彼は世界で一番クールな人物」内村航平に憧れた銀、銅メダリスト。
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posted2016/08/11 15:00
text by矢内由美子Yumiko Yanai
 歓喜の団体金メダルから中1日。男子個人総合で内村航平が体操史に残る白熱の大接戦を制し、逆転勝利でロンドン五輪に続く2大会連続金メダルを獲得した。
「ヤッター!」
 内村の雄叫びはかつてないほどの激しさだった。それが、いかに劇的な勝利だったかを物語っていた。
 5種目を終え、残るは鉄棒のみとなった時点で、内村は76.565の2位。首位に立っているオレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)との差は0.901あった。数字だけを見れば逆転は難しく思える差だ。
 しかし、内村は昨年の世界選手権種目別鉄棒のチャンピオンであり、鉄棒を苦手としているベルニャエフのDスコアは、内村の7.1と比べて大きく劣る6.5。逆転は決して不可能ではない。
 鉄棒は、内村が先に行い、最後にベルニャエフが演技をするという順番だ。とにもかくにもミスをしたらそこでおしまいという展開。内村が考えたのは「自分に集中し、自分の演技をしよう」ということだけだった。
 そして、完璧な演技を見せた。
最強のライバル、ベルニャエフが小さなミスを……。
 高さ抜群の屈伸コバチから始まり、G難度のカッシーナを美しく決め、コールマンを無難に持ち、団体決勝では反転してしまったアドラー1回ひねりも成功させた。伸身新月面の着地をピタリと決めると、自然とガッツポーズが出た。Dスコア7.1、Eスコア8.700、合計15.800の高得点だ。
 内村の合計得点は92.365となり、大型スクリーンにはベルニャエフが優勝するのに必要な点は14.899であると表示された。ミスがなければ逃げ切れるという状況だった。
 しかし、プレッシャーを感じての演技となったベルニャエフは、小さなミスを重ねた。D難度の離れ技であるヤマワキの後の車輪で肘が曲がり、最後の着地でも前に大きく動いた。
 得点は14.800。この瞬間、内村の優勝が決まった。
「これで負けたらしょうがないとも思っていた」
 予選、団体決勝、個人総合で計18演技。計り知れない疲労の中、王者は土壇場で強さを発揮した。
「最後は自分らしい演技ができた。着地の感覚は良くなかったけれど、最後は運が味方してくれた感じはある」
 実は内村は離れ技のエンドウで腰を痛めており、「よく着地を止められたなと思いますね」と振り返った。試合後は顔をしかめて腰を押さえていた。
 ベルニャエフの演技が終わってから採点が出るまでの間は、「負けたかなと思ったけど、でも自分の演技はできたから、これで負けたらしょうがないとも思っていた」と振り返った。
「それだけオレグがすごく良い展開できていましたからね。見ている人たちには体操の難しさや面白さを今日の試合で伝えられたと思うので、勝ち負けよりもそれが伝えられたことが良かったです。オレグには次にやったらもう勝てないと思います」
 五輪という世界中が注目する大舞台で、最高のバトルを繰り広げたことが何よりうれしかった。
「次にオレグ選手と試合をして勝てる自信はない」
 ともに92点超え、しかもその差0.099という体操史上最もハイレベルな大接戦。メダリスト会見は、互いが互いを認め合う、スポーツマンシップにあふれていた。
「すでに世界一であるあなたの評価が、2度目の金でさらに高まることについてどう思っているか?」
 海外メディアからそう聞かれた内村は、「世界選手権6連覇、オリンピック2連覇を成し遂げてきましたが、今回は0.1点差もないくらいまで迫った選手が出て来た。次にオレグ選手と試合をして勝てる自信はもうありません」と好敵手となったベルニャエフを称えた。ベルニャエフは「そう言われるとすこし気恥ずかしいし、でもうれしい」とはにかんだ。
「審判に気に入られているのではないか?」
「審判に気に入られているのではないか?」
 無粋な質問が内村に投げかけられた時のことだ。
「そんなことまったく思っていません。どんな選手でも公平にジャッジしてもらっていると思っています」
 内村が冷静に答えると、続いて、ウクライナ選手の練習環境について質問されたベルニャエフが、その質問に対する答えの後、自分も何か言わなくてはいけないとばかりに、言葉を継いだ。
「さきほどの審判のことについてですが、やはり個人的なフィーリングはみな持っていると思いますが、スコアをつけるということは、フェアで神聖なものだとみんなが知っています。とにかく航平さんはいつも高い点数を取ってきている。だから今の質問は無駄だったと思いますよ」
「最後の演技はクレイジーという言葉を使うしかない」
 五輪の舞台で連覇を達成した内村をどう思うかという質問に対しては、銀メダリストと銅メダリストがそれぞれ答えた。
 銅メダルのマックス・ウィットロック(英国)は「いつも自信に満ちあふれた彼は、みんなにとってのお手本です。私はその姿を何年も見てきました。今日の最後の鉄棒の演技は、クレイジーという言葉を使うしかないくらいだと思います。これだけの冷静さを維持して最後の着地までパシッと決めたのは大変なことです」と称賛した。
 ベルニャエフは銀メダルの悔しさを口にせず、内村を称賛し続けた。
「私は航平さんの後を一生懸命追ってきました。周りからはスイスイと泳いでいるように見えるかもしれないが、とんでもない。このレベル、この伝説の人物と競い合うということは凄いことなのです。彼は世界で一番クールな人物だと思います。彼と一緒に競技ができたのは素晴らしい経験です。若い選手はみんな航平さんを夢見ているんです。去年好成績だったキューバの選手(マンリケ・ラルデュエト)もそうです。とにかく、僕はこれからも一緒にあなたと競技をしていきたいんですよ、航平さん」
 ウィットロックも続ける。
「僕もロンドンに続くメダル獲得(団体と種目別あん馬)だけど、航平さんはこのレベルでこれだけ長い間やっている。それはすごいことです」
フェルプスやボルトと比較される、世界的な選手へ。
 内村に対しては、フェルプスやボルトと比較されることについてどう思うかという質問も出た。内村は思いを世界に発信した。
マイケル・フェルプスウサイン・ボルト。この名前は世界中の誰もが聞いて分かる名前だけど、『内村航平、誰だ?』となる。僕は、体操はまだまだ知られていないと思っています。今回、オリンピックで個人総合2連覇をして団体でも金メダルを獲れた。今日の個人総合では白熱した戦いを世界中のみなさんに見せられたとも思っている。今日をきっかけに、マイケル・フェルプス選手、ウサイン・ボルト選手に負けないような、僕の名前ではなく、体操というものを広めていきたいと思っています」
 今回は6位までが90点を超える、非常に高いレベルの争いだった。世界のレベルを引き上げてきた男は、体操界の未来を見つめながらこう言った。
「世界大会で8連覇し、この8年間で個人総合のレベルを一気に引き上げたと思っている。僕がそれをできることを証明したと思っている。でもまだまだ体操界の進化は止まらない。体操の進化という部分では、貢献できているのかなと思う」
 幼い頃から五輪を夢見てきた。五輪の頂点を目指そうと決心した15歳の春、両親の反対を押し切って長崎から東京へ体操留学した。
 北京で五輪出場の夢をかなえ、ロンドンで金メダルの夢をかなえ、リオでは悲願の団体金メダルを獲得し、個人連覇も達成した。
 体操を極めようと粉骨砕身してきた日本のヒーローは、世界のヒーローになっていた。