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発見された「中つ国の建国スケッチ」と、トールキンの執念


初めて「指輪物語」を読んだのは中学生の頃だっただろうか?
子供向けにアレンジされた抄訳だったせいかさほど面白さは感じられず、これが噂の!と期待していただけに肩透かしを食った気がした。
学生になってから完訳本を手にし一気に読んで以来大好きな作品になった。
今でも数年おきに読み返すが、そのたびに胸が熱くなる。
私にとっての大きな魅力の一つに、そのいささか古めかしい言葉遣いがある。
「Middle-earth」を「中つ国」と言われるとそれだけで古い伝承の響きがあるしなんだか謎めいて聞こえる。
「ガラス瓶」ではなく「玻璃瓶(はりびょう)」と聞けばどんなに素敵なんだろうとうっとりするのだ。
そろそろまたあの不思議な世界に行ってみよう。


Art of The Lord of the Rings final



  • 「シェロブの巣、草案」





  • 「中つ国の“最初”の地図」



  • 「シャイアの初期の地図」





  • 「モリア正門」



  • 「オルサンク」




WIRED NEWS (US)

発見された「中つ国の建国スケッチ」と、トールキンの執念
WIRED.jp 3月20日(日)20時0分配信
指輪物語』作者のJ・R・R・トールキンが残した膨大なスケッチが発見された。そこに書き込まれた言葉や線が教えてくれるのは、1人の人間がもつ創造力の偉大さと、ストーリーテリングの力だ。


J・R・R・トールキン(1892-1973年)は、『指輪物語』(原題:The Lord of the Rings)の草稿を執筆しながら、地図やスケッチを描くことで物語に情報を加え、アイデアを試していった。トールキンにとって、“書く芸術”と“描く芸術”は密接に絡み合っていたのである。
書籍『The Art of The Lord of the Rings』〈Houghton Mifflin Harcourt刊〉では、その方法だけでなく、なぜトールキンがそのような手法をとったのかが解説されている。
著名なトールキン学者、ウェイン・ハモンドとクリスティーナ・スカルによるこの特大の研究書は、3部作の最初の出版から60年が経ったのを記念して刊行された。そこには180以上のスケッチ、図、地図、碑文、彼が発明したアルファベットなどが含まれている。すべては『指輪物語』に関連するもので、初めて世に出るものも100点近くある。
そこには物語が織り込まれている
トールキンの落書きやスケッチを詳しく見てみると、わかることがいくつかある。まず、彼は指輪を語ることに明らかに夢中になっていた。彼はいつでもどこにでも指輪を書き、描いているのだ。
本に掲載されたドローイングのなかには、原稿の余白にさっと描いたいたずら書きもあれば、細部にまでこだわって描かれたものもあった。“芸術家”トールキンは『指輪物語』に登場する創造物をコツコツと描いてきたが、その出来には決して満足せず、自身の作品を「素人仕事」「欠陥品」と卑下していたという。
また、彼は“どこ”に描いているか、気にかけてはいなかったようだ。物語に登場する架空の国ローハンの要塞居留地、ヘルムズディープや「角笛城」のスケッチは、オックスフォード研究冊子上にページ半分を使って描かれている。そこには、遠近法で描かれた劇的な情景がある。
「ヘルムの門、ディープの前に、北の崖に押し出された岩の端がある。そそり立つ古い石壁、そしてその間にそびえ立つ塔。峡谷に入り口を見つけられなければ、昔の男たちは南の壁から角笛城に入ったものだった」。彼の残した走り書きからは、生徒が提出した課題を採点する手を止めて、彼が生み出したキャラクターたちの目から見た城壁や山間の谷の姿に思い巡らせている姿を想像できるようではないか。[編註:トールキンはリーズ大学で英語学の講師の職を得ていた(のちに教授)。]
(『指輪物語』の舞台となる)「中つ国」の地形を描き、その雰囲気と物語の兆しをとらえる試みは、その色彩豊かな鉛筆画「モリア西門」にも見られる。トールキンは、ドローイングそのものにも物語を織り込んだ。壁面の前で小さく見える秘密の扉が、水中の監視者の小さな揺れる触手が迫り来る危険を暗示するなか、モリアを見つめる仲間の畏怖の念を描く。
多くの国に人種、文化、建物や環境。それらを頭のなかで思い描き、慎重に地図に配置し、言葉に替えていく。(初期作品である)『ホビットの冒険』から『指輪物語』の出版までに17年がかかったのも、不思議ではない。


果てしなき、執念
トールキンは、常に修正し続けた。「シャイアの初期の地図」では、鉛筆の線が青や赤のインクで重ねられている。破線や点線はキャラクターたちが辿るルートや地形の境界を表している。これはトールキンにとって“マスター参照地図”でもあったのだろう。彼は何年もかけ、物語が育ち変化するたびに、上から新しい紙を貼り合わせた。
さらに、ある図においては主人公たちの動きと位置を1mm(縮尺によれば、1mmは5マイルに相当する)まで計算しようとする、トールキンの強迫的ともいえる努力がうかがえる。
なぜこんな手間をかけるのか? トールキンが求めたのは、作品のなかの歴史における「同期性」だ。空想が機能するには、信憑性のある時空間の原則に従わなくてはならない。彼は、出版社の校正担当者に宛てた手紙のなかで、執筆過程を明らかにしている。彼は「地図からスタートし物語を適合させる」。逆に、彼にとって「物語から地図を構成する」のは「疲れる作業」なのだという。


ストーリーテリング
これらのスケッチからわかるのは、彼が楽しんでもいた、ということだ。子どもが自作の宝の地図の端を火であぶるように、トールキンは“書類の複写”を描き出していた。こうした精巧な“偽書類”は、彼にとって『指輪物語』が「執筆した」のではなく「発見された古い伝記を編集し翻訳した」ものだという、トールキンの空想を裏づけるものだ。その文学的で奇抜な着想からすれば、トールキンは驚くほどポストモダンなのだ。
そして、彼の芸術がわたしたちに与えてくれる重要な教訓は、まさにこの点にある。つまり、言葉を映像に翻訳するのは、何も映画監督だけに課せられた義務ではないということだ。トールキンの想像力は「イメージ」と「文字」という言語の、両方を伝えているのだから(フィクション作家たちよ、世界をつくり上げることがラップトップ上で言葉を殴り書きにすることだと思っているなら間違いだ。絵筆やスケッチブックの方がキーボードよりずっと力があると、トールキンは証明している)。
1937年の手紙のなかで、トールキンは次のように述べている。
「引き出しに何枚かの絵がある。それらはホビット族の冒険の場面を表してはいるが、物語を解説してくれるわけではない」
これらの絵は、彼がまだ書き始めてもいない中つ国のいくつかの部分を描く入り口となった。彼がつくり上げた世界は、彼の芸術を広げることにもなった。彼の芸術は、彼が決して書く時間を見つけられなかった世界の隅々にも命を吹き込んだ。
同時にこれらのドローイングや地図、いたずら書きは、「われわれが遭遇する前からすでに広がっていたような世界」に、読者が没頭するのにも一役買っているのだ。
TEXT BY ETHAN GILSDORF
※この翻訳は抄訳です
WIRED.jp
最終更新:3月20日(日)20時3分